100年後の人たちへ

この日、渋滞が見込まれるから2時間前に出てくるよう副市長に言われ、6時過ぎにタクシーに乗り込みました。ほぼ一直線で大学の前から通じている珞瑜路は交通規制があって通れれず、雄楚大道を回って首義広場へ。
帰宅のマイカーと荒っぽい運転のタクシーとでごった返し、排気ガスで目が痛いほど。それでも久しぶり見る町並みは、人々の生活のシーンがいくつもあり、あの人この人を思い出させるものもある。

一直線で混んでなければ20分程度の道のりがすでに50分近くかかって、迫る時間にはらはらしながら、タクシーのゆく手を見るとふと立ち現れたもの…起義門
交通規制のために遠回りするしかない偶然が私をわざわざ、起義門に連れてきたのだ。新しく修復された部分の門であったけれども、100年前に革命派が入城したその門を偶然にも100年後にくぐる。血をたぎらせ、犠牲を覚悟で突入していったその門を。

この100年、民主はどれだけ進んだのか、何が解決され、何が解決されていないか。科挙の国中国、封建社会の呪縛からどれだけ自由になったのか。血を流した人たちにどう説明ができるのだろう…。


彼らは100年待ったのだから、希望は次の100年に委ね、「慢慢来」でいいと言うのかもしれない…。