魂が行き来する道筋

半袖でもいい日が続いていますが、並木の木は色を変えはじめている。
学生たちの作文の宿題は集めた時から私の宿題となり、ここ2日チェックをするのに深夜までかかりやや疲れました。


ところで、昨日、2コマ続きの授業の休み時間になろうかとした時、教室の後ろのドアから女性と、その後ろに若い男性が顔をのぞかせた。教育部からの審査だとか、教務の監督が年1回ぐらいくることもあるので、授業のチェックだろうかと一瞬どきっとした。

するとそうではなく、女の人は前のドアのほうへ来て、中国語で、
「息子は障害がありますが、日本語が好きで、日本語学科の女子学生に、簡単な日本語を教えてもらいたくて来ました」と。何度もすまなそうに「障害を持つ子の親の気持ちをどうぞ汲んでやってください。哀れと思って…」とお母さん。


わかりました、と、ドアの一番近くに座った学生に、お願いした。
そのちょっと太った息子さんは彼女のそばに立って、なにやら話している。ほかの学生たちも、唖然と見守ったまま、立つ人もいない。注目を浴びえている学生は「りんご…」とか、恥ずかしそうに、下を向いて小声で発音している。

そこで、黒板にりんごの絵とバナナの絵を描いてその上に「りんご」、「バナナ」と書き、さぁみんな、と促した。みんなで大きな声で「りんご〜」「バナナ〜」と。3年生にとっては初級も初級の内容。
それから、「こんにちは」や、「ありがとう」、「さようなら」を教えた。お母さんからは、優しい先生ありがとうございますとお礼を言われた。


7年半ここで教えて、聴講したいという学生はほぼ毎学期くるが、親子の突撃隊は初めて。おそらく20歳ぐらいの息子さん。
…お母さんの気持ちを感じるものがあった。


学生への授業は、日本で起きたことを、自分のいる場所になぞらえるとどういう位置感覚で、どういうことなのか、かということを考えてもらった。



夜になって朝日に載った村上春樹さんの寄稿を学生たちに転送。

…文化の交換は
「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。(村上春樹

木曜日からは新入生の授業が始まります。