乗務員さん御苦労さま

mklasohi2010-10-09

疲れからか風邪をひいて、寝ているか本を読んでいるかでした。今日は良いお天気で、夕方は楊君も遊びにきていろいろと話をしました。
さて、汽車の話。
国慶節の移動なので、結婚式の食事も食べ終わらないままに、Z君の彼女運転のプジョーに乗って、新郷駅に送ってもらった。Z君も日本語学科のH君の同期、同郷。武漢から駆け付けたC君も一緒に、座席なし切符の私のために、食堂車なら座って行けますよとホームまで送ってくれた。そして乗務員のおじさんにも「日本人の先生ですから、食堂車まで送ってください」と頼んでくれた。するとその人が「寝台車が一枚だけあるよ」と。
実は改札前でごった返す人波の中でも、怪しい?おばさんが寄ってきて「広州まで350元の寝台があるよ」と言ったが、ペテン師かもしれないし、と迷ってやめた。乗務員の人なら間違いないだろう。しかも武昌まで75元だった。食堂車で6時間何か食べ続けるのもつらいし、こんなラッキーなこともあるのだと思った。
車両は一番後ろ14号車。5号車から乗ったので、延々進行方向と逆を荷物を持って人込みをかき分けて行った。該当車両に着くと、車両の中間からご覧の垂れ幕が下がっていた。
「お静かに 乗務員さんご苦労様、お客様の立ち入り禁止」
向こうは暗くなっている。おそらく50-60時間ぐらい往復する列車の乗務員休憩用の寝台車を半分開放したのだろう。上中下の三段寝台の真ん中、はしごをよじ登らなくてはならない。会場をでるときに急ぎ礼服からおズボンにはきかえておいてよかった。一度だけ一番上段に乗ったこともあるけれど上に行けばいくほど狭くなるし、上に行くほど安い。

 中段から見下ろすと、小さい男の子とお母さんが寝ていた。後で話をするとお母さんはいい人で坊やはかわいかった。一家三人で広州までいくとのこと。私は夜8時過ぎに武昌についたが、彼らは次の日にしかつかないと言っていた。 
 この車両難点は2つ。お腹がすいても、途中で車内販売に人が群がり通路も詰まって、ここまでお弁当が売りに来れなかったこと。そして、乗務員さんたちの安眠を守るために、暗くなっても真っ暗なまま明りがつかなかったこと。
それで居眠りをしたり外の移りゆく風景を眺めたりしました。

 それでも、横になって帰ってこれただけ幸運でした。