インタビュー

mklasohi2007-10-27

夕方、校内雑誌の記者のHさんに先日の取材記事の載った雑誌が出ましたと連絡をもらった。丁度食事に出ようとしたところだったので一緒に食事をすることになった。
中国の習慣だとあまり料理が少ないとよくないので一応料理を3つ取り、日中の習慣などを話していた。食べ切れそうにない料理を見て「自分の父は農民で一年に3日しか休みません。この一皿は一日の稼ぎに相当します」というので、逆にHさんの話をいろいろと伺うことになった。
Hさん(男性26歳)は新聞学部の大学院2年、今、就職活動を始めたところで、地元・安徽省のテレビ局などに応募し、他には大学の職なども当たるつもりだそうだ。
落ち着きがあってやや他の人より年上かなとは感じていたが、平坦な道ではなかったことを話してくれた。
農民であるお父さんの収入はお米と綿栽培に頼るのみで年平均で十数万円程度、生活は苦しく、Hさんが大学にいく余裕はなかった。中専(高校に等しい学校)を出で、農村の中学校で英語を6年教え、日々遊びに行くことも我慢し、倦まずたゆまず勉強して大学卒業資格を取った。大検ならぬ、大学卒業資格が取れる仕組みがあるのだそうだ。大学に行くことなくここの大学院に入るのは並大抵の努力ではなかっただろう。その上、去年の成績トップで、授業料が免除になったそうだ。努力の賜物。人生に対する肯定的な態度は努力とその結果に裏打ちされているのですね。
農村ではお湯を使うのもせいぜい1週間に1回、よい仕事に就いて都市に家を持ち、両親に楽をさせることができるでしょうと語ってくれた。
 残ったおかずは包んでもらってもって帰ってきた。お父さんの稼ぎの1日分以上の残り物。お皿ひとつに思いをいたすことを私もしたい。

・「日中が共に成長することを願う」と中国語で書いた題字が記事のテーマになった。これは日本語科の学生と日本人留学生の交流会のときに思ったことだ。表紙の人は電気工学科の名誉学部長。