ジャスミンティ物語

お昼を食べて、お茶を買いにキャンパス内の市場のお茶屋さんに寄った。
まぁちょっと座って新茶を飲んで行ってくださいとお店のお兄さん。うー、今日はやることだらけ、でも、ちょっとだけ、と摘みたて湖北の「毛尖」と西湖の「龍井」を試飲させてもらっていると、お弁当を下げ、矍鑠としたおじいさんが店に入ってきた。

職住接近の中国では退職後の老教授も大学内に住む。たぶんこちらの先生だった方だろうと見ていると、店のお兄さんが、龍井を勧めても、「ジャスミン茶がいい」、しかも「自分のような老知識人はちょっとよいお茶を飲むものだ」と。
このジャスミンはとてもいいから、これならどうかと、お兄さんがお湯を注いてカップを手渡した。「うん、いいね。」

わたしは、その2人のやり取りを見ながら、あらっ、老先生は武漢なまりなのに、北方、とくに北京の人の好きなジャスミン茶を飲まれるって不思議だと思い、

「失礼ですが、どちらの方ですか?ジャスミンティを飲まれるのですか」と聞くと、「ここの人間ですよ。武漢の。…ジャスミンティは南でも長沙あたりまででも飲みますよ。もちろん北の人の方がすきだけれど。
ぼくのお婆さん(ラオラオ)がすきだったので」と。
そして、「あんたは、お茶を売っている人?それとも買いに来た人かい?」と(笑)。

私は日本語学科で教えていますと言うと「日本では父方のお婆さん(ナイナイ)、母方のお婆さん(ラオラオ)の区別はありますか」と尋ねられた。日本語では語彙の区別はないと答えると、「それはおかしい。ナイナイとラオラオは違うもの。普通はナイナイが近しい場合が多い。でもね、ラオラオが近しい場合もあるよ」。

清明節とは、亡くなった方を偲んでお墓参りをしたりというのがその心。

「おばあさま(ラオラオ)がお好きだったジャスミンティを買うというのは、清明節にぴったりですね。天国でよろこんでいらっしゃるでしょう」と私がいうと、老先生、にっこり。

それからひとしきり、おとといはお孫さん(外孫)のところへ行ってきた、もうこの年では、満身創痍、病気だらけですよとか、老先生の気がいも感じながら話を伺った。
「母は僕がまだ4歳の時、妹を妊娠して、難産で亡くなったんです。妹もだめでした。だから僕は父と上の姉に育ててもらったんです。母以外は長命で、ラオラオも92才でした。
ラオラオは北京人で、ぼくは北京で生まれたんですよ。」


ほらね。やっぱり北京とつながった。


「今日は、お茶を買いに来て、あんたと話ができて楽しかった」老先生は、そう言ってくださり、ジャスミンティーと菊の花茶を買って行かれた。

わたしは、ぼんやりと白い花の開くジャスミンティーを見ながら、おそらく70年ぐらい前に、ジャスミンティを飲んで生きていらしただろう、その女性を想像してみた。時空を超えて、ジャスミンティーのおいしさを教えていただいた気がした。

今日はそのちょっとよいジャスミンティーと、西湖の龍井を買い求めた。お店のお兄さんは、龍井は香りが薄いから別々にしてくださいねと、別々にの袋にいれてくれた。


清明節最後の日、香りのよい、休み時間でした。
さて、また一頑張り。