レッドクリフー赤壁の小さな戦い

mklasohi2009-03-08

お正月に東京で映画「レッドクリフ」を見たのが縁?宿題の本を半分ぐらい読み終えた午後4時、赤壁市の元局長さんのお宅にいた。といっても、宿舎から歩いて20分程度のアパートの一室。
学生のCさんから骨董好きのおじいさんが先生に是非見せたいとおっしゃっていると言われて、え?私は骨董なんか買いませんよ、いいえ、「そうではありまセン」ということだった。おじいさんをがっかりさせたくないという。「じゃ、わかった」と行って見ると実際、「そうではありまセン」でした。
部屋のガラス製観音開きの棚には確かに古そうな染付け花瓶などが並んでいる。一つひとつ物語りがある。
棚のはお婿さんの家のベランダにひっそり置かれていたが、景徳鎮のもの。下段には欄間の木彫り。たとえば「状元(科挙のトップ)になるのは努力ではなくて、星が決めたこと」という物語。科挙全国のトップのトップは星の力を借りないとなれないというのはなんとなくわかりますね。
しかし今日の一番の物語は、この70歳のGさんがこなぜこうした物をお持ちかということだろう。それは、Gさんが赤壁市の建設計画局局長だったから。巨額の賄賂? いいえ。
財産、文物は打ち壊しという文革の嵐が吹き荒れたとき、人々は土に埋めてその難を避けようとした。つまりこれらは、G計画局長が土地計画を進める過程で、土の下から掘り出されてきたもの、また壊され、薪としてくべられかけた扉などを惜しいと取り集めてきたものだ。殆どは民家にあった染付けなどだが、中には乾隆期の宮廷物もある。

この大きな碗などは貴重なものとばれないようにペンキが回りに塗られていたそうだ。どんぶりの中に書かれた龍は擦りとられて傾けてみないとわからない。平民の使う器の龍は爪が4本だが、宮廷物は5本爪。裏には鳳凰の絵。

後ろの掛け軸は、湖北省出身の尚書(高官)が79歳のお祝いに書いたもの。西大後に仕え、「豫園」の建設にもかかわった人物だそうだ。

これは、赤壁出身の尚書の家にあった屏風の一部。四隅は蝙蝠。彫りの技術がとても高い。蝙蝠は「福がかさなる」という音と同じである。
                      
                             


中国は新しいものに価値を日本より置く国のように感じている。
いつも壊され行く街を無残と眺めてきたが、こうした文物を守るための小さい抗いをしている人もいるのだと知って嬉しかった。
娘さんも建築家、そのご主人も華科大建築学科の教授で、東湖にかかる橋の設計では、昔の佩玉をデザインした飾りなどがつけられている。Gさんの考えを受け継ぐひとといえる。
「武の赤壁」といわれる赤壁市は車で1時間程度。時間がとれたらぜひ赤壁へ遊びに来てくださいと言っていただいた。