雲の見る夢

mklasohi2008-11-26

今日は午後、課題の本をやっと一冊読み上げた。実は読んで終わりではなくて、書き上げて終わりなんだけど、まだ道は遠い。

それでは昨夜の続きを。
HMさんの家に着くと、びっくりするほど大勢の人に迎えられた。彼女のお誕生日ということと、日本から「国際友人」がやってくるということで親戚やら近所の人が総出で見に来たのだ。つまり、そんな感じの所です。お父さんはこの村にある高校の国語の先生。だから、年若い校長先生もやってくるし、女の先生も来て、あれ、和服じゃないの?などど言う。日本女優が来るわけじゃなし、それは期待、大きすぎでしょう。
家は一族先生の家系で、挨拶する人挨拶する人なんかの先生。結局卓を囲んだのは男性陣とHMと私で10人ほど。女の人や他の人は奥。時折、おばあさんがニコニコ見に来る。さすがにおばあさんの訛りはよくわからないし、おばあさんはおばあさんで耳が遠くて私の言うことが聞こえないが、歓迎して下さっていることは表情からわかる。
HMさんの家はそれだけではない。実のお姉さんと弟がいるが彼らは大学と高校で寮住まい。なのに8-9人のいとこたちが一緒に住んで、お父さんの教える高校に通っている。商売のため両親が故郷を離れていたり、あるいは教育者のお父さんを頼って子どもを預けている人ありで、時々親元へ帰るいとこ、卒業する人、また来る人ありで、HMさん自身も正確な数はわからないそうだ(笑)。これが中国だなと思う。近親者間の面倒見のよさ。毎月誰かの誕生日があって手の空いた人は集まるそうだ。だが、これほど集まるのは満一ヶ月、一才と10才の誕生日ぐらいだそうだ。

「どうして日本語を勉強したのですか」とお父さんに尋ねると、ラジオから流れてくる夜の日本語講座に耳を傾けていた、日本は明治維新で西洋の知識をいち早く取り入れた国、度量の大きい国だと思う、中国はその点、外国に学ぼうとしてこなかった…「でも、覚えているのは第一課だけ<オナマエハナンデシタカ、ナンヨウビトナンヨウビガ…>」と諳んじられた。


何番目の何叔父さんだったかもう覚えられない叔父さんが、「20年後に日本の友人が来ることを予想して勉強したのかもしれませんね」とタバコをふかしながら優しい目で言った。タバコは中国のおじさんたちの中で欠かせない交際道具。私にも一応、勧めつつ、あ、吸いませんねと手を引っ込めた。それぞれ声をかけてくださり、気を使ってくださっていることが感じられた。

宿泊は、近くの招待所でと思っていたが結局40分離れた雲夢県の繁華街のホテルまで送っていってもらった。そこは彼女が高校時代を過ごしたところ、明日また探検と思いながら、電気を消すや、疲れが手伝って瞬く間にぐっすり眠ってしまった。
                                            
2日目
次の日、起きると、すでに孝感へいく時間はなく、タクシーに乗りこんで下辛店へ戻ることになった。が、例によってタクシーはわががまにも、客を乗せてから、ガソリンが足りないと町外れの所定のガソリンスタンドへ逆方向に走り出した。10分以上のロスをした。まったくもうこれだから
写真は、戻る前に歩いた雲夢(ユンモン)。
武漢では殆ど姿を消した麻木車(マームーチョー)と呼ばれる三輪タクシー?がいたるところを走っていた。可愛いロバの引く荷車も。なぜマームー(麻痺する)車というかといえば、ガタガタ道を走るとその振動が足に伝わって、まるで痺れたような感覚がしてくるからだそうだ。乗ってみるとが確かに、5分もしないうちに足がジンジンしてきた。

雲夢(ユンモン)は賑やかな町で、衣類の溢れる通りや、靴の店の通り、市場には野菜や果物や、食べたことのない糯粉で作ったものやら、様々な食品で溢れかえり、そこに住む人の多さを物語っていた。
 
                           

小さい白いわんこが市場から運びだされるオートバイの荷台に載ったものにしきりにワンワン吠えるので何かと思って見たら、皮を剥いだばかりの犬2匹だった。きゃー。犬肉も肉、賑やかに市場を飾るほかの肉となんら変りは無いのだが、犬派のmkとしては卒倒しそうだった。武昌駅の裏手でも犬料理屋さんは何軒が軒を並べているし、東北の旅でもそういう店は見たから驚くに足りないはずなのだが、まるまるの実物となると…。(わんちゃん危ないよ。)





昼のHMさんの家と麻木車

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お母さんが彼女の好物の大根入り焼き餃子と、考感で有名な手作りの米酒に卵と団子を入れたもの、それから私が市場で買った、緑豆入りの糯を油で焼いてくださった。餃子は独特の歯ごたえがあって美味しくて、思いっきりたくさん食べた。

泗川寺
すでに滞在時間は1時間ほどしかない。聞けば、六朝・梁の時代(今から1500年ぐらい前)に建ったお寺があるというので、そこにだけ行ってみることにした。マームーチョーにがたがた揺られて。
お寺ではそこのおじいさんおばあさんが日本人は初めてということで、ずっとくっ付いて穴が開くほど見られた。年若いと勘違いされ、中国にはボーイフレンドを捜しに来たのかとかという質問まで受けた。あははは。若く見られるのは嬉しいですね。
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おばあさんが勧めるお堂に入ると、ここでも思っても見ないものに出くわした。2体の「即身仏」。中国語では「肉身菩薩」と発音していた。心の準備も無くて正直怖かったが、霊験あらたかを信じてお願い事などをしてみた。おばあさんはお賽銭をたくさん入れたかとちゃっかりチェックを忘れない。
が、マームーに乗り込むとまた、よく来てくれたと両手を合わせてずっと拝んでくれた


晩ご飯も食べていくようお母さんに引き止められたが、夜の授業に間に合わせるために、2時前には出発したい。お礼を言って、またバス停までマームーに乗ろうとしたら、途中おなかがすいたら食べるようにと、焼きたてのお手製餃子と梅ジュース入りのお茶、筒入りの毛尖という高級茶、そしてお母さんの手作りの米酒を持たせてくれた。

お父さんともちろんHMもマームーに乗って、村の入り口のバス停まで送ってくれた。手に伝わってくる餃子の温かさと一緒に、ちょっと温かすぎぐらいの人情が伝わってきた。HMに「H家の温かいもてなしを味わわせてくれてありがとう」お礼を言った。


    





空も抜けるような青さで気持ちも晴れ晴れと楽しい旅でした。