友好午後の時間

今日は上海の新聞者へ移籍したYJ君の彼女と、新聞社の先輩Tさんとが家に遊びに来た。
YJ君の彼女は復旦大学を出た才女で、同じ武漢の新聞社勤めだったが、彼女もまた、というよりYJ君より一足先に北京の雑誌社へ移っていった。久しぶりに武漢に取材で戻ってきて会いに来てくれたのだ。

聞くと、その天下の超エリート校を卒業し、ライターの仕事をしている彼女でさえ北京での戸籍はとれず、戸籍を自分の田舎に移さなくてはいけないという。農民工がそうだとは聞いていたけれども、まさかエリートまでが子供を北京の学校にもやれない、医療費もでない生活とはびっくりした。今のところ上海と北京だけが外地からの流動人口に戸籍を与えない制度があるそうで、武漢にはない。なんならそういう制度ができてしまう前に武漢に戻ったらと話した。武漢は中国でも先の2大都市とならぶ文教地区でよい大学が揃っているから、子供を育てるにもその点よいと言える。

新聞社の先輩Tさんとも、あたりが暗くなるまで、Sakuraのケーキと午後の紅茶で外の雨を眺めがらいろいろな話をした。果ては○○島の話題まで。けれど、喧嘩になることも殴り合いになることもなかった。同意するかどうかは別としてそれぞれの立場をお茶を飲みながら聞けるのが理性というもの。Tさんは、今度、黄葉のきれいなところに写真を撮りに行きましょうと言ってくれた。

また話は、最近の加藤嘉一さんのことにも及んだ。彼のお詫びの書かれた中国版ツイッター(ウェイボー)に寄せられたコメントを見ても、「嘘つき、出ていけ」などという厳しいコメントももちろんあるものの、半分ぐらいは、彼の文章から違う角度から物を見ることのできたとか、励ましの言葉などもつづられている。
中国は日本と違って比較的、若い人に発言権がある部分がある。内外の大学で博士を取るや大学や研究所で日本では考えられない高いポストが与えられたりする。そういう社会風土とも関係していると思う。日中を繋ごうとしていたことの100%が悪かったわけではない。


新聞社のTさんにしても、ウェイボーのコメント諸氏にしても、理知のある人はいる、と感じた。人と人は、結局人はどんな人と巡り合うかで、その国への印象も幸福感も変わってくる。そして、伝える言葉にももちろん関係がある。

ここ2−3週間、問答無用のような気配も迫る感じさえ体験したが、雨の日の午後、お茶を飲みながら、いろんな話を交わせたこと自体が幸運であり、北京から戻ったと傘をさして会いに来てくれる人のいることをありがたいことと思う。