快晴マイナス8度

無事一学期が終わり、ソウルに来ています。今年は、元旦に日本に戻らなかったので、ここで新年の気分です。
昨晩は、学生(韓国人)と微かに雪の残るソウルの街を歩きました。
久しぶりの身を切る寒さ。
ピリッと引き締まります。
橋が、たくさんあって川の街なのがいいですね。

蘭心劇院

mklasohi2016-12-04

昨夜、シェイクスピア没後400年記念「じゃじゃ馬馴らし」イギリスTNT劇団公演を蘭心劇院 で見て来ました。

10月末は、舞台を1930年代の上海に移し替えた中国語バージョンの「じゃじゃ馬馴らし」を見たので見比べる試み。

今年は、中国のシェイクスピアと言われる湯顕祖も没後400年なので、よい記念になりました。役者さんが歌えるのはイギリスの劇団、作りが丁寧なのは、中国の劇団かな、が感想です。

蘭心劇院は旧イギリス系の建物、容れ物自体が素敵でした。


このところ充実して暮らしていますが、うちにいると大体疲れていて更新の気力が今ひとつ。

新しいコラムが掲載され、あややもう半月以上になります。

「阿門(アーメン)、素食(スーシー)、放生(ファンション) 中国宗教体験―ことばから見る中国社会」
http://www.spc.jst.go.jp/experiences/impressions/impr_16003.html

です。

10月は長雨、11月はスモッグ、12月はお天気のちやはりスモッグ。
そういう日記を書かなくていいいいのですが。

市場のおかげ

昨日は、授業のない日なのですが、疲れて、ややのんびり。夕方、麺料理を作ることに。
市場で鶏の骨つきもも肉を買い、それでだしをとって塩とお醤油で味付け。肉厚のしいたけ、菜っ葉をいれ、茹でた幅広麺にかけ、出来上がり。美味。
本当に市場の材料がいいのでこんな単純なレシピで大満足。
サイドディッシュは、アサリとニラの花を炒めました。これも美し。
内陸にいたときは、アサリなど夢のまた、夢でした。


上海でも、苦労がないわけではありません。市場だと日本にあるような魚はあまりありません。先週、魚屋のおじさんに勧められ、馬頭魚という魚を買ってみました。ちょっと甘鯛に似ていますが、シッポが、V字にすぼんでいます。どうやって食べるのかと聞くと、ぶつ切りにしてお醤油で煮てたべるといいよって。お醤油もどろどろの老抽と、日本のお醤油に似た生抽とありますが、おじさんが生抽でね、と繰り返し強調。ニャンコにもちょっと分けるために茹でて、それにお醤油をかけて食べました。

調べるとやっぱり甘鯛のなかまのようですが、ちょっとシッポがなぁ。まぁ、美味しかったのでまた買ってみます。


台所における小さくて果敢な挑戦。

携帯で投稿できるようになったのですが、変な広告が出るようになってしまいました。とほほ。

Hudec

mklasohi2016-11-08

南京路の国際飯店、武康路の武康ビルディング(もとはノルマンディービルヂング)など上海の代表的な建造物を100以上設計して、上海を設計した男と呼ばれるラズロ・ヒューデックの家が近くにあると本で知って、日曜の夕方散歩がてらに行って見た。高いビルに囲まれ、すでに言われなければ気がつくこともないだろう一軒の老洋館でしかなかったが、そこの壁に書かれた彼の生涯が興味深かった。
19世紀末ハンガリーに生まれ、王立大学の建築科に学ぶ。第一次世界大戦に参戦、ロシア軍に捕まり捕虜となる。1918年シベリアに送られる列車から飛び降り、流転の末上海にたどり着く。ヒューデック25歳の時。徐々に建築科としての頭角を現し、30年間に100以上の建物を設計している。
彼なしには上海の建築物は語れないのだ。

まるで映画の主人公のような人生。
上海に魔物が住んでいた時代だ。
今はひっそりと、自転車置き場に猫が門番のように、隠れて住んでいる。

日本の良さを

mklasohi2016-11-01

昨日のお昼、教師休憩室で、自作のサンドイッチをたべながら、壁にかった書を眺めていたら、前のソファーに座った別の学科の男の先生に、この書をどう思いますかと聞かれた。題字がないけれど、毛沢東の沁園春ですよね、書自体ですか、それは、まあいいかなとと答えると、こんなひどい字がかかっているなんて交通大学の文化程度に関わりますよ、私の指導教官は有名な書道家でしたから、こんなのをみると情け無くなる…と。
実は私も、各階にある休憩室に飾られた額の字を先生たちの書道クラブの作品か何かかなーと思って見ていた。でも、万が一、私が書いたんですと言われるといけないから、やんわり答えたただけだった。
そして、私は日本人なんですと言うと、中国の良いものはみな、日本や韓国で継承され、また独自の発展を遂げ素晴らしい、それに引き換え中国は…と。
今中国では、断絶した中国文化を掘り起こし繋いで行こうと言う動きがあることを感じます。古い種を植えて大事に育てて行こうとしている人たちも。
それから、日本へ来る人たちがもちかえるのも、爆買いの品物ばかりではなく、日本人が継承してきたものへの感動だったりします。
日本は、変な方向に進むことなく、その良さを大事にして欲しいなぁと、外にいる日本人として思う次第です。

いつまでも暑かった今年の上海も急に寒くなってきました。足元が冷えるので、日曜日ホットカーペットを出しました。にゃんこも上に乗っかって、秋を飛び越えて冬支度。

桂花の季節

mklasohi2016-10-18

全くの開店休業状態で、お客様も店じまいかとおもわれているかもしれませんね。あいすみません。
国慶節も終わり、10月も半ば。書いていないのも、ぎっくり腰が治ってからというもの、休養の数日を補うかのようにアクティブにあちこち行ったりお誘いを受けて、たとえばポンピドゥセンター館長のお話しを聞きにったりと、元気に動き回っているからです。

国慶節の1週間のお休みは、玉仏寺にミャンマーから運ばれた玉でできた美しい仏像を見に行いきました。エキゾチックで月の光のような美しさに心惹かれました。そこで美味しい精進椎茸麺を食べたり、その数日後に、上海郊外の南翔という古い街にショウロンポーを食べにいったりしました。
遠出はもみくちゃになるのでしないけれど、上海の周りをまわったり友人たちや上海に旅行にきた教え子たちと再会食事にいったりと、ばたばたしていた1週間でした。

その休みが終わってもう1週間以上たちました。そのアクティブさが尾を引いていて授業の後もでかけることもあり、先週末は交通大学で開かれた中国語言学会に話しを聞きにったり、そこにお世話になっている商務印書館の編集者の方が見えて、これまた一緒に食事にいったりと…。
秋は進んでいますが、今年は汗ばむような日がまだちょこちょことあります。そんなわけで桂花・金木犀の花も今年は少し遅い開花でした。

武漢のゲストハウスの部屋の窓の前にも、前の上海のアパートでも金木犀の木が窓の前にも植わっていて、花期の1週間ほどは良い香りに包まれるのですが、今のマンションは高層なのでなかなか匂ってきません。日曜日、お友達を誘って、桂林公園に「お花見」にいってきました。まるで日本の桜の山のように、公園内1000本の金木犀が植わっていて、香りに包まれています。1930年前後に出来た公園ですが、なかなか味わいのある建物もあります。そうしたところでお茶を飲みひまわりの種を食べて楽しんでいる人たちがおおぜい。豫園のような観光地とは違って、市民の憩いの場という様子でした。
私たちはその中にある、四教庁という茶館に入り、金木犀入りの龍井茶金木犀のお菓子を楽しみました。お茶一杯で1000円以上なので安くははありませんが、お湯を何度も足しにきてくれるし、自然な甘さの桂花�啾(金木犀のお菓子)なども美味しかったです。

金木犀はお茶をだけでなく、お団子の餡やたれ、お酒にも入れます。中国の人たちに大変愛されている花木であると感じます。

そうこうしていると、今年もあと2.5ヶ月をきったようです。疲れてついぼんやりすることもありますが、予定をこなし、かつ充実した日々を過ごしたいと思っています。

うちのすぐ近くに市場がオープンしたのは嬉しいのですが、市場といえば、野菜、お肉、魚それぞれのお店で直接買うもの、おじさんやおばさんとのやりとりが楽しかった。新しい「市場」はきれいなのはいいのですが、全部一括してレジに並ぶ仕組み。お肉だけ欲しくても、またレジに並ばなくてはならない。スーパーみたいでなんとなくあの市場の活気にかける。

以前住んでいたところの近くの市場が懐かしくなって久しぶりに行ってみた。手作りの肉まん屋さんのおばさんなどは覚えていてくれていて、最近こないじゃないって。そこの肉まんはいろいろな具が入っている。もちろん美味しいまんじゅうやさんは生地自体が美味しい。噛んでいると甘味がでてくる。
昨日は餡子の二つと、梅干菜という野菜を乾燥させて戻したものとお肉の入ったまんじゅうを2つ買った。
小さいお店ながら遠くからも買いに来る人があるという。美味しいなーと、昨晩4つ全部たべちゃいました。サイズは日本の半分ぐらいだから、4つたべても、2つ分かなと言い訳しつつ。

そういう市場はエビや魚なども水槽にはいっていて、それを選んで買うのですが、エビを買おうかなと思って水槽の中を見ているとエビたちが、細長い手と、二つのつぶらな目、細い髭を動かしてカサコソ。なんだか茹でて食べるのに忍びなくなって、結局買えなかった。

そうそう上海蟹ももちろんもう出てました。

ガサゴソ、ぶつぶつ言う生き物たち。

白菜餃子のおいしいお店のおばさんが、手に持てないぐらい小さい袋をもっている私に大きな袋を渡してくれました。

おかげで傘をさして、袋を落とさずに帰れました。